快速電車は順調に東京へ向かって走行を続け、ある駅で3分程停車した。 2人掛けの椅子を一人で使っていた私の横に、50歳位のビジネスマンらしき男性が座ろうとした。 私は少し窓の方へ座りなおした。 その瞬間、膝の上のハンドバックからキーホルダーが滑り落ちた。
「どうぞ。」
キーホルダーを拾ってくれたその男性の目が、一瞬、キーホルダーに付けられたネックレスに向けられた。
「キーホルダーにネックレス? 珍しいね。」
その男性はにこっと微笑むと、ネックレス付きのキーホルダーを私に手渡した。
この時、私は、夕方温泉に入る前に外したネックレスの存在をやっと思い出した。
馬の蹄鉄のネックレス。 月川の気持ちが一杯詰まった、初めて月川からもらったプレゼント。
月川が私の首にかけてくれて以来、一度も外したことが無かった。 それが、今日、温泉に浸かって黒ずんでしまうといやだからと、初めて外した・・・。 普通に考えれば、本当に些細なできことでも、今、月川が危篤だという現実を前に、私に猛烈な後悔の嵐を吹きつけた。
ネックレスを強く握り締めながら、私は祈った。 どうか月川が無事でありますように。 どうか、大したこと無かったよ・・・と皆が笑って私を迎えてくれますように。 どうか、どうか・・・。
私が月川と出会ってから2ヶ月後、ジューン・ブライドを夢見る女性達の数はピークだった。 6月唯一の大安吉日の日曜日。 ケイエス・プランニングの誇る大量の司会陣の数をもってしても、こなせないほどの結婚式の予約が入っていた。 この日曜日からさかのぼる事1週間前、私は桑田専務から司会の仕事を言い渡された。
「私がですか?」
びっくりする私に、桑田専務は軽く言い流す。
「もう結婚式の現場は何度もやってるだろ。 レストランウエディングだから、大丈夫。 これ、シナリオと進行表ね。 月川が一緒だから安心して。 あぁ、あと今週の水曜日の夜、新郎新婦と現場のレストランで最終の打ち合わせがあるから、月川と行って来て。 夜だから学校大丈夫でしょ?」
レストランウエディングは、以前、アシスタントで何度も経験していた。 司会の女性を見て、コツやリズムもなんとなくつかんでいた。 いつかは自分もやってみたいと憧れていたから、今回の話は嬉しい話ではあったが、さすがに緊張した。
「大丈夫? 結構緊張するほうなんだ。」
打ち合わせの後、口数の少ない私に月川が話しかけてきた。
「そりゃ、緊張しますよ。 ちょっと、怖いです。」
「君は頭が良いし、機転が利くから大丈夫。 何かあったら僕もフォローするから。」
月川は私の頭をゆっくり撫でた。 月川の手が私の頭に触れると、一瞬緊張が和らいだ。
本番当日。 花嫁より目立たないように、私は黒のノースリーブのワンピースを持参した。 セッティング終了後、着替えを済ませ、まだ人のいないレストランの司会席に立った。 マイク合わせはもう終わっている。 マイクのスイッチを入れ、ちょっと練習。 声の準備も万端だった。 司会席の向かいの壁は鏡張りになっていて、私の姿を映し出していた。 黒の、少し大きめに胸元の開いたワンピースにショートカット。 首にアクセントが必要だったかな・・・。 その時、
「胸元ちょっと寂しいね。」
私の背後から鏡をのぞきこんでいた月川は、私の気持ちを代弁してくれた。 そして次の瞬間、背中から胸元にふわっという風と感触が舞い降りた。 鏡に映った私の胸元には、金色の小さな馬の蹄鉄のネックレスが光っていた。
「馬の蹄鉄ってね、つけてる人を守ってくれるんだって。 知ってた?」
私の首にネックレスを付けてくれた月川のその手は、そっと私の両肩に触れ、鏡に映った月川の優しい瞳が私のちょっと不安げな視線と絡み合った。
「よし、お客さん入れるよ。 綾乃ちゃん、一杯楽しんでおいで。 後ろで見守ってるから。」
この頃、月川が呼ぶ私の名前は、“谷口さん”から“綾乃ちゃん”に代わっていた。
私は、ネックレスをギュッと握り締めた。 自然と緊張がほぐれ、司会者の顔になる。 やっぱり花束贈呈の時はもらい泣きしそうになったけれど、でも、楽しかった。
「お疲れ様。 すごく良かったね。」
宴の余韻に浸っていた私を目覚めさせたのは、月川の低いテノールのような声だった。
月川の声を聞き、緊張から解き放たれた私は、後ろの椅子に座り込んだ。
「なんか、緊張が取れたら、急に力が抜けました。 私、変なとこありませんでしたか?」
「全然問題なかったよ。 とっても良くできました。」
そう言って、月川はまた私の頭を撫でた。
「月川さんの手って、魔法の手みたい。」
「ん? どうして?」
「だって、月川さんに頭を撫でられると、すごくほっとするから。」
そう言ってしまって、私は、自分が赤面しているような気がした。
恥ずかしさを隠すように、私は首に手を掛け、ネックレスを外そうとした。 すると月川は言った、
「そのネックレス、綾乃ちゃんにあげるよ。 初司会祝い。」
「でも、こんな高価なもの・・・。」
私の言葉を聞き終わる前に、月川は片付けを始めた。
「さ、軽く片づけして戻るから、着替えておいで。」
心なしか、月川の頬も赤くなっているような気がした。
この時以来、月川からもらったネックレスはずっと私の胸元で優しい光を放っていた。 そう、今日、このネックレスを外す前までは・・・。
「どうぞ。」
キーホルダーを拾ってくれたその男性の目が、一瞬、キーホルダーに付けられたネックレスに向けられた。
「キーホルダーにネックレス? 珍しいね。」
その男性はにこっと微笑むと、ネックレス付きのキーホルダーを私に手渡した。
この時、私は、夕方温泉に入る前に外したネックレスの存在をやっと思い出した。
馬の蹄鉄のネックレス。 月川の気持ちが一杯詰まった、初めて月川からもらったプレゼント。
月川が私の首にかけてくれて以来、一度も外したことが無かった。 それが、今日、温泉に浸かって黒ずんでしまうといやだからと、初めて外した・・・。 普通に考えれば、本当に些細なできことでも、今、月川が危篤だという現実を前に、私に猛烈な後悔の嵐を吹きつけた。
ネックレスを強く握り締めながら、私は祈った。 どうか月川が無事でありますように。 どうか、大したこと無かったよ・・・と皆が笑って私を迎えてくれますように。 どうか、どうか・・・。
私が月川と出会ってから2ヶ月後、ジューン・ブライドを夢見る女性達の数はピークだった。 6月唯一の大安吉日の日曜日。 ケイエス・プランニングの誇る大量の司会陣の数をもってしても、こなせないほどの結婚式の予約が入っていた。 この日曜日からさかのぼる事1週間前、私は桑田専務から司会の仕事を言い渡された。
「私がですか?」
びっくりする私に、桑田専務は軽く言い流す。
「もう結婚式の現場は何度もやってるだろ。 レストランウエディングだから、大丈夫。 これ、シナリオと進行表ね。 月川が一緒だから安心して。 あぁ、あと今週の水曜日の夜、新郎新婦と現場のレストランで最終の打ち合わせがあるから、月川と行って来て。 夜だから学校大丈夫でしょ?」
レストランウエディングは、以前、アシスタントで何度も経験していた。 司会の女性を見て、コツやリズムもなんとなくつかんでいた。 いつかは自分もやってみたいと憧れていたから、今回の話は嬉しい話ではあったが、さすがに緊張した。
「大丈夫? 結構緊張するほうなんだ。」
打ち合わせの後、口数の少ない私に月川が話しかけてきた。
「そりゃ、緊張しますよ。 ちょっと、怖いです。」
「君は頭が良いし、機転が利くから大丈夫。 何かあったら僕もフォローするから。」
月川は私の頭をゆっくり撫でた。 月川の手が私の頭に触れると、一瞬緊張が和らいだ。
本番当日。 花嫁より目立たないように、私は黒のノースリーブのワンピースを持参した。 セッティング終了後、着替えを済ませ、まだ人のいないレストランの司会席に立った。 マイク合わせはもう終わっている。 マイクのスイッチを入れ、ちょっと練習。 声の準備も万端だった。 司会席の向かいの壁は鏡張りになっていて、私の姿を映し出していた。 黒の、少し大きめに胸元の開いたワンピースにショートカット。 首にアクセントが必要だったかな・・・。 その時、
「胸元ちょっと寂しいね。」
私の背後から鏡をのぞきこんでいた月川は、私の気持ちを代弁してくれた。 そして次の瞬間、背中から胸元にふわっという風と感触が舞い降りた。 鏡に映った私の胸元には、金色の小さな馬の蹄鉄のネックレスが光っていた。
「馬の蹄鉄ってね、つけてる人を守ってくれるんだって。 知ってた?」
私の首にネックレスを付けてくれた月川のその手は、そっと私の両肩に触れ、鏡に映った月川の優しい瞳が私のちょっと不安げな視線と絡み合った。
「よし、お客さん入れるよ。 綾乃ちゃん、一杯楽しんでおいで。 後ろで見守ってるから。」
この頃、月川が呼ぶ私の名前は、“谷口さん”から“綾乃ちゃん”に代わっていた。
私は、ネックレスをギュッと握り締めた。 自然と緊張がほぐれ、司会者の顔になる。 やっぱり花束贈呈の時はもらい泣きしそうになったけれど、でも、楽しかった。
「お疲れ様。 すごく良かったね。」
宴の余韻に浸っていた私を目覚めさせたのは、月川の低いテノールのような声だった。
月川の声を聞き、緊張から解き放たれた私は、後ろの椅子に座り込んだ。
「なんか、緊張が取れたら、急に力が抜けました。 私、変なとこありませんでしたか?」
「全然問題なかったよ。 とっても良くできました。」
そう言って、月川はまた私の頭を撫でた。
「月川さんの手って、魔法の手みたい。」
「ん? どうして?」
「だって、月川さんに頭を撫でられると、すごくほっとするから。」
そう言ってしまって、私は、自分が赤面しているような気がした。
恥ずかしさを隠すように、私は首に手を掛け、ネックレスを外そうとした。 すると月川は言った、
「そのネックレス、綾乃ちゃんにあげるよ。 初司会祝い。」
「でも、こんな高価なもの・・・。」
私の言葉を聞き終わる前に、月川は片付けを始めた。
「さ、軽く片づけして戻るから、着替えておいで。」
心なしか、月川の頬も赤くなっているような気がした。
この時以来、月川からもらったネックレスはずっと私の胸元で優しい光を放っていた。 そう、今日、このネックレスを外す前までは・・・。
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