蒼いクリスマスツリー
連載: 恋愛小説です
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6. 想い出のレストラン
     9月、一浪して大学に入った私は、20歳を迎えた。 実は、高校の修学旅行で友達とこっそり晩酌をしていたから、酒は飲めないわけではなかったが、堂々と隠れずに酒を飲める歳になった。
「綾乃ちゃん、昨日誕生日だったんだね。」
土・日に休めないイベント関係の社員は、通常、ウイークデーに休みをとる。 月川は毎週火曜日に休みを取っていた。 水曜日の午後、大学の授業を終えて横浜の支店に行った私に月川が話しかけてきた。
「ああ、はい。」
「ごめんね、昨日、忙しくて電話できなかった。」
月川は今度の火曜日は自分の母親を病院に連れて行くために朝から千葉の実家に行くと言っていた。
「良いんです、別に。 それより、お母さん大丈夫でしたか?」
「ああ、昨日のは月に一回の薬をもらいに行く日でね。 父が用事で出かけなきゃなかったから、僕が代行だったんだ。 得にどうということじゃなくて、年を取ると、血圧が高くなったりするからね。」
月川の母親の話に話題を変えたものの、私は月川が私の誕生日を知っていたことが嬉しかった。
「今日、仕事終わったら、駅前で食事でもしよう。 お祝いにご馳走するよ。」
「そんな、気を使わないでください。」
「いいのいいの、僕も何かおいしいものが食べたい気分だから。」
     その日の夜、私は月川に連れられて、横浜駅からほど近い、小さな民家でやっているイタリア料理の店で食事をした。 
「月川さん、久しぶりですね。 去年の6月以来じゃないですか? あれきり顔を見ないので心配していたんですよ。 お元気でしたか?」
店に入ると、オーナーらしき白髪の女性が月川に話しかけてきた。
「ご無沙汰していてすみません。 色々ごたごたしてたもので。 話は聞いていると思いますが・・・。」
「この間、里美さんから伺いました。大変でしたね。」
「里美、来たんですか?」
「ええ、同僚の先生のお誕生日に、他の先生方と数人で。」
「そうですか、元気でやっているんですね。」
月川とこの女性が誰の話をしているのか、私にはすぐに分かった。 里美というのは月川の元婚約者だったのだろう。 そして二人はこの店が好きで、昔は良く一緒に来ていたのだろう。
月川は、二人の話を静かに聞いていた私を、この女性に紹介してくれた。 
     もう、70歳近くになるのだろうか、この白髪の女性は遅れて厨房から出てきた男性、きっとこの女性の旦那さんで、この店のシェフだろう、この男性とともに、私に挨拶をした。
このレストランは月川が横浜に引っ越してきて偶然見つけてから十数年来の、月川にとって“隠れ家”のような存在だと言った。
「月川さんがここに連れていらっしゃるなんて、あなたはとても特別な方なのね。 お目にかかれて嬉しいわ。 ゆっくりなさってくださいね。」
穏やかなソプラノの声でこう言うと、この女性は新たに店に入ってきたカップルの方へと歩いて行った。
“特別な方・・・”という言葉の余韻を残しながら、私の誕生日のディナーは始まった。
「ごめんね、僕は車だからお酒は飲めないけど、綾乃ちゃんはワインでも飲むかい?」
「えっ、月川さんは全くお酒が飲めないと聞きましたけど?」
「ああ、あんまり強くはないよ。 よほどのことが無いと飲みたいと思わないしね。 でも、ワイン一杯くらいは大丈夫。 会社の連中と飲みに行くと皆酒豪だから、なかなか帰してもらえないでしょ? かえって飲めないことにしておくと終電に間に合うように帰れるしね。」
月川は茶目っ気たっぷりに、飲み会でのからくりを話した。
     昨日は、アパートで迎えた一人きりの誕生日だった。 でも、今日は、一日遅れの幸せ一杯の夜だった。 これまで何度か、オフィスの傍の定食屋で月川と食事をしたことはあったが、今回のシチュエーションは格別だった。 実際、緊張していて、あの時のパスタの味はあまり覚えていない。 でも、このイタリアンレストランは私のお気に入りになり、後に月川と私にとって多くの節目の舞台となった。 そして・・・私が唯一声を出して泣くことのできる場所となった。

快速電車は時間通り上野駅へと滑り込んだ。 

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