蒼いクリスマスツリー
連載: 恋愛小説です
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1.暗い知らせ
   「月川が事故に遭った。 危ない状態だ。」
宿泊していた旅館に電話が入ったのは3月に入ったばかりの金曜日。 私は大学の友達3人と伊香保温泉に卒業旅行に来ていた。 電話の主はアルバイト先の桑田専務。 泥のような色の温泉で4年間の大学生活の疲れを癒した後の夕食時、豪華な温泉料理を前に卒業祝いの乾杯のグラスが弾ける音とは反対に、桑田専務の声は重苦しいその場の緊張をそのまま伝えていた。 
   「今なら最終の快速に間に合います。」 旅館の番頭さんは送迎用のバンの後部座席に固まるように身を震わせている私をバックミラーで見ながらこう言った。 どんな事故? どうして起こったの? 危ないってどんなふうに? 情報の少なさと、突然の事故の知らせに、私の頭は思考能力が完全に停止していた。
   栃木県の伊香保町から快速電車を乗り継いで上野駅へ、そこから東京を経由して東海道線で川崎。 川崎駅からはタクシーを飛ばして・・・。 快速電車の揺れは、きっと今でなければ心地よく眠りを誘ってくれるのだろう。 でも、私の心は電車とともに走り続けていた。 川崎市内の月川のいる病院へ・・・。

   「楽しんでおいで。友達とゆっくり過ごす最後のチャンスだろう。今まで、一所懸命働いてくれたご褒美だよ。たった3日間の休日だけどね。」
月川は優しく私の頭を撫でた。 ゆっくりと、何度も何度も頭を撫で、そして穏やかな笑顔をゆっくり私の顔に近づけてきた。 ヘビースモーカーだったけれど、彼の唇は全く煙草の臭いを感じさせなかった。
   月川英彦。 私の初恋から数えて3番目の男性・・・と言っても過去の2人は幼稚園の時に同じクラスだった伊藤君と、小学校5年生の時に仲良くなりたいと思った矢先に転向して行ってしまった高橋君だから、月川が事実上、本当の初・恋愛相手だったと言える。 彫りの深い顔立ちに、日に焼けた肌。 それほど背は高くなかったが、月川は筋肉が付き均整の取れた体格をしていた。 私より8歳年上の月川は普段は全く歳の差を感じさせない冗談好き、悪戯好き。 でも、超アニメ好きの、はっきり言ってしまえば、“ちょっとオタク”な男だった。 反面、A型の性格を疑うことができないほど几帳面で、こだわったことにはとことん細かい性格だった。 オフィスの机は毎朝綺麗にホコリを拭き取り、仕事が終わったあとの机上は、書類や筆記用具が整然と並べられていた。
「誰か僕の机使った? 使ってもいいけど、終わったらきちんと物を元に戻してね。」 
机上の物が乱れていると、それだけで自分の不在中に何があったか分かるほどだった。
月川のことをなんとなく意識し始めた頃、彼の会社の仲間達は口々に、
「あいつはやめたほうがいい。」
と私に釘をさしてきた。
「疲れるぞ、あいつのやり方につきあってたら。」
自分だけ几帳面ならそれで良い。 でも、月川は他人にも自分と同じ几帳面を要求する・・・と言うのが周りの意見だった。 

   「綾乃!」
うつろな瞳で車窓から外を見ていた私は、ふと月川の声が聞こえたような気がした。 日ごろから呼ばれなれた私の名前も、聞きなれた月川の声も、外の暗闇と電車の音にあっという間にかき消されてしまった。車窓から見る風景はただ暗闇にまぎれ、街灯一つ無い田舎町を走る電車は、暗黒の世界に私を導いて行くようだった。 
「月川さん・・・。」
声にならない不安が繰り返し私を襲う。 今と違って、携帯電話がまだ肩から提げる大きなバックに収納される時代。 巨大な携帯電話は一部の会社社長や、裕福な人々の持ち物に過ぎなかった時代。 電車の中の私には、月川の状態を確かめる術は皆無だった。 ただ無事を祈るだけ。 そしてただ、月川に会いたかった。
序章
心にぽっかり開いた穴は、時が過ぎるとともにだんだん塞がっていくと思っていた・・・。 
みんなが慰めるように言った、「今は辛いだろうけど、大丈夫、時が解決してくれるわ。」と。 
その言葉の半分は確かに当たっていたようにも思う。 でも、あとの半分は・・・。 
きっと私自身の力で乗り越えなければならないのだろう。 
“乗り越える?” 
どうやって? 
大切な思い出として心の片隅にそっとしまっておく? 
図書館で本を取り出すように、時折、昔に戻りたくなったら心の片隅に取りにいけるように? 
それとも、かけた鍵を海の真ん中に落としてしまおうか?  もう二度と開けられないように・・・

決して戻ることのできないあの時代のあの太陽の光は、
今私が歩き続けている道に無数の影を作り続けている。 
悲しみという影、後悔という影、そして、迷い、不安、怖れ。 
この影は私からたった一つの、そして一番大切な自信を奪い、見えなくしてしまった。 
人を愛するという自信。 
時には強く、時には穏やかに、そして心から一人の男性を愛するという自信を。 
あの時代、一番女性として輝いていたあの時代の私を取り戻すことはできるのだろうか・・・。 
私は一体、いつまで自分探しをし続けなければならないのだろうか? 
いつの日か、あの日よりももっと強い太陽が私を焦がしてくれるまで・・・? 
いつの日か、永遠が私自身を消し去ってしまうまで・・・?
忘れられない人・・・っていますか?
私にはずっと忘れられない人がいます。
彼を失った後、私は少しだけ別の人と恋をしたけれど、
でも、やっぱり彼のことが忘れられなかった・・・。
今、私はもう既に大人になってしまいました。
あの時、まだ少女から脱皮したばかりの頃のように、
純粋に人に恋することができなくなってしまいました。

あの頃の、楽しかった、そして悲しく切なかった恋の思い出を連載小説にしました。
連載の途中で、少し雑談を交えながら、私の恋心を綴りたいと思います。
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